トライボ雑記帳 第1回

検証 —「摩擦と摩耗のマニュアル」— 金属学的組織の選定

弊社で1999年に出版した書籍「摩擦と摩耗のマニュアル」(HEF/CETIM著,桑山昇訳)は、原書のフランス語版が1973年に出版された随分古い本である。

 その後ちょうど30年経ち、原書の編集と監修をおこなったHEF社のMichel CARTIER氏の編集によって、新しい技術を盛り込んだ追補版のような内容で、2003年にイギリスのProfessional Engineering Publishing社より、Tribology in Practice Seriesの1巻として、Handbook of Surface Treatments and Coatingsが発刊されている。

この新しい書籍は、写真や図表も豊富で、1973年版「摩擦と摩耗のマニュアル」の現場ですぐ役立つハンドブックの精神を引き継いでいるが、残念ながらフランス語からの英語訳が大変わかりにくい。

ここでは、少し大袈裟ではあるが、検証 -「摩擦と摩耗のマニュアル」と題して、各章にポイントとして挙げられているアドバイスの妥当性を、その後のトライボロジー研究書や上記の新しいハンドブック(以降、新ハンドブックと呼ぶ)、また場合によっては実験によって検証する試みに挑戦してみたい。

「摩擦と摩耗のマニュアル」(以降、マニュアルと呼ぶ)の第1章は摩擦・摩耗の基礎として、1.1摩擦部品の表面状態の考察から始まる。

その第1項は金属学的組織の選定 であり、以下の4つのポイントがアドバイスされている。

  1. 摩擦する2つの金属の組織は、一方を微細な組織にして他方を異なる組織にする。
  2. 表面の組織は欠陥や介在物の無い健全な状態が望ましい。
  3. オーステナイトやフェライトのような単相組織はできるだけ避ける。
  4. 「相性の悪い」金属の組み合わせの場合は表面にベイルビー層1)を形成する。

 

新ハンドブックでは、摩擦摩耗に影響する因子を独立に議論することはできないと断りながら、金属組織写真でわかるようなマクロ構造(相の数や分布、結晶粒の大きさや方位、粒界、介在物など)は、組織内の結合力や均一性(応力集中場所への影響)を決定し、ひいては摩擦による亀裂の発生・進展に影響し、摩擦表面にできた空孔が潤滑剤溜まりとして働いたり、母材の表面エネルギーが与える影響2)とは別の効果をもたらすと解説されている。

また、硬さの異なる多相構造では、引張強度や相手材へのアブレシブ摩耗攻撃性が変化する点を挙げている。

但し、マニュアルにあるような鋼の諸相(オーステナイト、フェライト、マルテンサイト)に関する具体的な助言は省略されている。

一方、種々のトライボロジー研究書を見ても、金属学的組織に言及しているものは少ない。

ここでは焼付きに関して、「組織が不均一なもののほうが焼き付きにくいという経験的な基準」「鋼に比べると鋳鉄のほうがずっと焼き付きにくい」ことに言及している例を挙げる。3

次回につづく。


注1) Beilby layer:トライボロジー辞典(養賢堂)では、「加工された金属表面に観察された厚さ数nmの非晶質層のこと」と定義され、現在では、「有機物汚染や表面酸化物であるとの説が有力」と解説されている。

注2) 母材の表面エネルギーが摩擦摩耗に果たす役割や、表面エネルギーと硬さの関係についてはRabinowiczの次の書籍を参照されたい。Ernst Rabinowicz : Friction and Wear of Materials 2nd edition, John Wiley & Sons, Inc. 1995

注3) 木村好次,岡部平八郎:トライボロジー概論,養賢堂,p174