摩擦と摩耗のマニュアル

掲 載 誌
NEW DIAMOND ニューダイヤモンド 54号 1999年7月
編   集
ニューダイヤモンドフォーラム
発   行
(株)オーム社
書評執筆者
日本工業大学工学部教授 ニューダイヤモンド編集委員長村川 正夫氏

 機械屋ならば誰でも知っているように、摩擦・摩耗の分野はあまり理論式に乗らないので、これを研究テーマに選ぶことは泥沼にはまり込むことだからやめたほうがよいということを先輩(これにこりた研究者)からくだけた(非公式の)席ではいわれるものである。しかし同じ研究者が公式の席では、機械部品の摩擦をもし半分にできれば全世界的に見ると、何十兆円(?)の節約になると胸を張るのが常である。さらには何百億円もする宇宙ロケットが一瞬にして爆発し、灰じんに帰したり、人工衛星が所定の機能を果たせなくなったりするのも、よくよく調べると設計者が摩擦・摩耗のことをよく知らないための構造上の欠陥が原因であることが多いためと、摩擦・摩耗の研究がいかに大切であるかを力説される。

 結局のところ摩擦・摩耗がやりがいのある研究であることは疑いの余地がないが、研究者にとってきわめてやっかいなテーマである最大の原因は現象があまりに複雑で、(例えば機械工学という)単一の研究手法だけを身に付けている研究者が真相を究明するのはほとんど不可能だということであろう。つまり、この分野は学際的なアプローチが必要な分野であり、それだけにさまざまな視点があり得るのである。

 そのような観点からすると、本書は基本的には機械屋の視点から書かれていると思うが、きわめて特徴的なのは著者(複数)が表面処理を業とする会社(フランスのリヨンにあるHEF<Hydromecanique et Frottement>社)に長年勤務している技術者、研究者だということである。フランス語の原著は1973年に出版されたものであり、出版からかなり日時が経過してはいるが、その中身を見ると、摩擦・摩耗を表面処理技術者の視点から理解するのにきわめて基礎的ないしは本質的な事項を簡便に(すなわちマニュアルの形で)解説したもので、いわば摩擦・摩耗の教科書であり、その意味では現在でもちっとも古くなっていないと断言できる。さらにいえば、評者もさまざまな摩擦・摩耗の解説書を見てきたが、本書のようなマニュアル的な(ユニークな)解説書は見たことがない。出版の経緯は、フランスの国立研究機関であるCETIM(機械工業技術センター)が、特に機械設計者を対象に、実用的な観点から摩擦・摩耗に関する解説書の作成をHEF社に依頼したものであるそうな。

 なお、翻訳は(豊田中研で開発されたTD処理の事業をおこなっている東京熱処理工業<現同和鉱業(株)>で)やはり表面処理の研究開発に長年従事されてきた桑山氏があたっているので、テクニカルタームもきわめて適切に訳されており、ガス軟窒化法を筆頭に日本で普及している技術も補足して非常に読みやすくなっている。

 構成はA4版全280ページであり、参考のために目次のみを示すと、第1章:摩擦・摩耗の基礎-技術課題と対策-、第2章:表面の挙動と主な現象、第3章:事例集-種々の摩耗現象による事故例-、第4章:摩擦・摩耗の用語、第5章:各種の表面処理法となっている。

 前述のように、本書はコンパクトにまとめられた(マニュアル形式の)摩擦・摩耗に関する教科書的解説書であるので、一般的なトライボロジストにとっては座右の書として適している。のみならずダイヤモンド関係の研究者、技術者にとっても摩擦・摩耗ではいったいどんな基礎的な考え方があるのか、どんな測定、評価方法があるのか、どんな基礎的知見が得られているのかなどが手っ取り早くわかるので、非常に参考になると思う。